映画のつづきを、暮らしの中へ。
難民映画祭2026の作品を鑑賞後、生まれた問いや気持ちを、思い出し育てるための本を紹介します。
余韻も、疑問も、言葉にならない思いも。
本を手がかりに、暮らしの中でまた出会えるようにと、未来に向けた小さな仕掛けを作ります。

01 FREE FISH ― ガザの漁師たち (11月6日更新)NEW!

冷蔵庫の扉や発泡スチロールを組み合わせ、海に浮かぶ小さな船を作る。『FREE FISH ― ガザの漁師たち』で印象に残ったのは、身の回りにあるものを使い、漁に出るモハンマドの姿でした。家族が生きるために、危険のある海へ向かう。22分の映像から、ガザで暮らしを続けることの過酷さが伝わってきます。
魚には、人間が引いた「ここから先へ入ってはいけない」という境界線がありません。一方、ガザの漁師たちには、イスラエル当局によって漁のできる範囲が制限されてきた歴史があります。その範囲は縮小や拡大を繰り返してきました。
国連人道問題調整事務所(OCHA)が2025年5月27日に公表した報告では、イスラエル当局は2023年10月以降、ガザ沿岸での航行を禁止しているとされています。同じ報告には、それでも一部の漁師が動力のない船で岸近くの漁を続けていることや、2025年4〜5月には沿岸で漁船がイスラエル側の砲火を受け、死傷者が出たことも記されています。
目の前に海があっても、自由に、安全に漁に出られるわけではありません。それでも、家族の食べ物を得るために海へ向かう。映画には、生き延びるために危険を冒さざるを得ず、気を緩めることも難しい暮らしが映っていました。
映画に登場する兄弟、モハンマドとアフマドは、ガザの南北に離れて暮らしています。モハンマドは南部のハンユニスへ避難し、アフマドは北部に残りました。ビサン・オウダ監督は、自身も経験した北部から南部への避難に触れ、北部への帰還が15か月にわたって阻まれたと説明しています。兄弟の分断の背景には、避難した先から自由に戻ることもできない状況がありました。
爆撃で破壊された建物の瓦礫に囲まれ、会いたい人に会えず、落ち着いて暮らすことも難しい日々は、人の心に何をもたらすのでしょうか。食べ物や寝る場所を確保するだけでなく、心を休めることさえ難しい。極限の中で生きるとはどういうことか。その問いが残りました。
この映画と一緒に紹介したいのは、絵本『もしぼくが鳥だったら――パレスチナとガザのものがたり』(ゆぎ書房)です。

1948年のイスラエル建国前後の戦争で、多くのパレスチナ人が故郷を追われました。 その歴史を背景に、絵本の男の子は、奪われた家や庭を思い返しながら、狭い場所で暮らす日々を語ります。目の前には高い壁があります。自分が鳥だったら、その壁を越えて飛んでいけるのに。男の子は、鳥の自由に思いを重ねます。
絵本が描く、故郷へ帰れない暮らし。そして、『FREE FISH』に映る、ガザの内側でも自由に行き来できず、兄弟が離れ離れになっている暮らし。映画と絵本を重ねると、移動を阻む境界が、一人ひとりの生活や家族とのつながりに何をもたらすのかが見えてきます。
映画のタイトルにある「FREE FISH」は、人間が引いた境界線に隔てられることなく、海を行き交う魚の自由を表しているように感じます。絵本では、鳥がその役目を果たしています。海を泳ぐ魚と、壁を越えて飛ぶ鳥。その自由を思うことで、人の暮らしを隔てる境界線の虚しさが、より鮮明に浮かび上がってきます。
絵本のページを開いたとき、映画で見た海や、漁に出るモハンマドの姿を思い返すかもしれません。魚や鳥が自由に行き来する場所で、人はなぜ、会いたい人に会えないのでしょうか。なぜ、人の命を奪うことが繰り返されるのでしょうか。映画から残った問いを、この絵本とともに考え続けたいと思います。
紹介した本
『もしぼくが鳥だったら――パレスチナとガザのものがたり』
ファーティマ・シャラフェッディーン/文
アマル/絵、片桐早織/訳、鈴木啓之/解説
ゆぎ書房
映画の鑑賞について
『FREE FISH ― ガザの漁師たち』(22分)は、第21回難民映画祭2026で、2026年12月6日までオンライン配信されています。日本在住の方が対象で、鑑賞には申し込みが必要です。
02 アライズ・イン・エグザイル/故郷を追われた盟友たち
03 LOST LAND/ロストランド
04 故郷へ続く青空の下で
05 私の武器、それはコメディー
06 極寒の森に取り残された人々
07 死刑宣告の女性弁護士 アフガンからの脱出
08 気候変動に揺れる世界
